コロナが落ち着きはじめた頃、あちこちへ旅に出た。移動は、欲望そのものだった。名前の響きが、行き先を決めた。沖縄。ひとつひとつの地名が、異国の言葉のように耳に響く。今帰仁(なきじん)、北谷(ちゃたん)、玉城(たまぐすく)。北から南へ走りながら、何度も口に出した。
最初、“今帰仁”を「いまじん」と読んだ。ジョン・レノンが頭に浮かぶ。でも本当は「なきじん」。今帰仁城という城に由来するらしい。泡盛の酒造所で、同行者が小声で言った。「今はなきじん」。うまいこと言ったつもりだろう。
次は北谷(ちゃたん)。「北」がなぜ「ちゃ」になるのか、どう考えても謎だ。街は英語の看板だらけで、アメリカンニューシネマのワンシーンみたいだった。海沿いを走っていると、日本じゃない気がしてくる。調べると、昔は「きちゃたん」と呼ばれていたという。なるほど。時代が音を削って、今のかたちになった。いやん、きちゃたん……よかった、名前が変わって。
玉城(たまぐすく)。「玉」は神聖で、「ぐすく」は城を意味するらしい。森の奥にある石の城壁は、まるでラピュタの廃墟みたいだ。高いところに立って、風に吹かれながら思う。読めないことが、ただの不便じゃなくて、楽しさに変わっていく。地名と風土と、遠い歴史。沖縄。しかしいい響きだ。