いつか夜中に、暗いキッチンでコップを探していたとき、食器棚の角に足の小指をゴンッとぶつけて、しばらく動けなかった。痛みが引いてしばらくすると、昔の記憶がふいによみがえった。三歳か四歳のころ、父に手を取られて、メリーゴーランドみたいに振り回されたことがあった。目が回って、平衡感覚をなくしたとき、左の小指をタンスにぶつけて大泣きした。痛いのと、くらくらするのと、うれしいのが、混ざった記憶。そんなことを何十年も経って思い出すとは。
ひじ、ひざ、お尻、肩、かかと。体の出っ張り部分は、たいていぶつけてきた。でも、小指の痛さは特別だ。あれ以来、左の小指だけ、ちょっと用心深くなった気がする。気のせいかもしれないけれど、小指を起点にして、物との距離を無意識に図っている。そういえば、高校時代に「ダンスにゴン」というCMが流行っていた。あの響きが、なんとなく苦手だった。
もし小指にキャラがあるとしたら、きっと無口で、用心深く、それでいてすばやい。家具の位置を、地図のように覚え込み、今日もするりと角をかわしていく。