子どもの頃、蛇口から出る水を指でふさいでよく遊んだ。押さえると、水は一瞬止まる。でも指の横から、すっと逃げていく。指の角度を変えると水も変わり、押し方の加減だけで水に動きが生まれる。それだけのことなのに、飽きなかった。ブルース・リーは、モノクロームのインタビュー映像で、こう語っている。
「Be water, my friend.」
武道家の言葉というより、どこか哲学の言葉みたいに聞こえてくる。ブルース・リーは哲学を学んだ人でもある。特にスピノザに傾倒していたといわれる。スピノザは17世紀の哲学者で、「人間も自然の一部だ」と考えた人だ。人は自然の外に立って世界を動かしているわけではなく、風や水や木と同じように、この世界の流れの中にいる。そう思って「Be water」という言葉を聞くと、ただの比喩ではなくなる。
スピノザにはこんな考え方がある。すべてのものが、自己として在り続けようとする力。抵抗するのではなく、ただ在り続ける。
「Don't think. Feel.」
ブルース・リーの有名なあの台詞も、この文脈で聞くと違って聞こえる。スピノザは、理性で積み上げる知識よりも、世界と直に同期するような直観的な認識を、最も高い知のかたちだと考えた。考えるより先に感じる。
哲学の言葉と、ブルース・リーの身体感覚が、ここで重なる。結局これは、毎日飲む水の話なのだ。